2026.07.28

#バックナンバー
#目次

皆さんは最近、入札や商談の場で「脱炭素への取り組み」について尋ねられる機会が増えたと感じたことはありませんか? 「2050年までにカーボンニュートラルを達成する」というパリ協定における日本目標(国際公約)を受け、日本の産業界全体で構造変革が加速しています。なかでも建設・不動産業界は、日本全体の温室効果ガス排出量の3割以上を占めており、脱炭素化を目指す上で重要な役割を果たす業界として注目されています。
こうした流れの中で、気候変動対応を経営の「副次的な要素」や「社会的責任」として捉える時代は終わりを迎え、次の段階へと移行してきています。
現在、建設業の営業現場では急速な変化が起きつつあります。例えば、公共工事においては、総合評価落札方式における「環境配慮」や「脱炭素への取り組み」に対する加点措置が大幅に拡大されており、対策の有無が入札の結果に直接影響するようになってきました。
さらに民間市場でも、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資を意識する大手デベロッパーや外資系企業、サプライチェーンのグリーン化を急ぐ製造業などの発注者が、施工パートナーの選別を始めています。見積金額の安さだけではなく、「脱炭素の対応力や実施体制」が評価される場面が増えてきました。
こうした対応が不十分な企業は、将来的に取引そのものが難しくなっていく可能性があります。
このように市場環境が変化する中で、従来の価値観のまま経営を続けることは、大きなリスクにつながりかねません。今回の記事では、今後の経営を左右する可能性がある「脱炭素キーワード」を、皆さんと一緒に見ていきたいと思います。
大企業の施主や投資家は、なぜ建設分野の脱炭素化をこれほど急いでいるのでしょうか? その背景には、国が主導する法規制と、経済的な市場インセンティブの仕組みが存在しています。
建設業に関わる方にまず知っておいていただきたいのが、法規制のタイムラインです。2050年カーボンニュートラル実現に向けて、建築物の省エネ性能向上を目的とした「改正建築物省エネ法」が2025年4月に全面施行されました。これにより、原則としてすべての新築建築物(住宅含む)で省エネ基準への適合が義務化されています。
政府のロードマップでは、2030年までに新築されるすべての建築物で「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」水準の省エネ性能を確保すること、さらに2050年には、住宅・建築物のストック平均でZEH・ZEB基準水準の省エネ性能を確保することが掲げられています。
こうした流れを踏まえると、「2025年の基準をぎりぎりクリアする仕様」で建てた建物は、数年後には資産価値が低い建物になってしまうかもしれません。2030年基準を見据えたZEB仕様での建築は、長期的な資産価値を守る投資として捉えられるようになってきています。
建築物省エネ性能表示制度とは、建築物の省エネルギー性能を市場において適切に評価・選択できるよう「見える化」する制度です。2024年4月からは、一定規模以上の新築住宅および非住宅建築物を販売・賃貸する事業者に対し、省エネ性能ラベルの表示が求められています。
ラベルには、建築物のエネルギー消費性能や断熱性能、省エネ基準への適合状況などが表示されます。これにより、省エネ性能の高い建築物の市場評価が高まり、脱炭素社会の実現や建築物全体の省エネ性能向上を促進することが期待されています。
なお、性能評価にはBELS(建築物省エネルギー性能表示制度)などの第三者認証が活用されており、客観性・信頼性の高い情報提供が行われています。

この制度が浸透することで、環境性能の高い建物を建築する施主には、以下のようなメリットが生まれます。
・テナント誘致において「グリーンビルディング」を求める優良企業から選ばれ、高い賃料の設定が可能になる。
・環境配慮型プロジェクトとして「サステナブルファイナンス(グリーンローン等)」の対象となり、銀行から有利な金利条件で融資を受けられる。
建築コストの提示だけでなく、こうした施主側のメリットまで含めて理解しておくことが、これからの提案の幅を広げてくれるはずです。
最近では、大手デベロッパーや元請企業から「建築する建物のCO2排出量を教えてほしい」と尋ねられるケースが増えてきています。排出量データを示せない企業は、サプライチェーン全体のCO2排出量を削減したい企業との取引に、今後影響が及ぶ可能性があります。
ここでは、CO2排出量の算定に関して知っておきたいキーワードを見ていきましょう。
・Scope 1(直接排出):自社が所有・管理する設備から直接排出されるCO2。建設業においては、現場で稼働する重機や車両が消費する「軽油、ガソリン」の燃焼などが該当します。
・Scope 2(間接排出):自社が購入して消費した電気、熱、蒸気の使用に伴うCO2。具体的には、現場事務所、本支社で消費する「電力」などが該当します。
・Scope 3(サプライチェーンからの間接排出):自社の活動に関連する、自社のサプライチェーン全体での排出。建設業において最もインパクトが大きく、建材(コンクリートや鉄鋼など)の製造・輸送段階での排出や、引き渡し後の建物運用時に消費されるエネルギーによる排出、解体による廃棄物による排出などが含まれます。
施主である大手企業や上場デベロッパーは、自社のScope 3排出量を削減する必要があるため、取引先である建設会社に対して施工時の排出量データの開示や、低炭素資材の選定を求めるようになってきています。自社の排出量を正確に把握していることは、これからの建設業においてますます重要な要素になっていくでしょう。
これまでの建築分野における脱炭素は、竣工後の運用段階で消費するエネルギーからの排出である「オペレーショナルカーボン」を減らすことに焦点が当てられていました。
しかし、省エネが進む中でもう一つの指標である「エンボディドカーボン」への注目が高まっています。
エンボディドカーボンとは、建築資材の原料採掘から資材製造、建築現場への輸送、建物の施工、完成後の改修・更新、さらには将来の解体、廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体の中で建築資材に関連するCO2排出量ことです。建物の中に内包されるCO2ということでエンボディドカーボンと名付けられています。
建物を高断熱・高効率にするために多くの資材を投入すれば、運用時のCO2は減りますが、建てる段階のCO2が増えてしまう、というトレードオフが生じます。
そのため、今後は調達する資材そのもののCO2排出量を低く抑えることや、排出量の少ない工法を取り入れられるかどうかが、大切な指標になってくるでしょう。
ここまで見てきた「法規制の強化」や「排出量の可視化」を踏まえると、これからは建物の「低炭素に関する付加価値」をどのように伝えていくかが、競合との差別化を考える上でも大切になってきそうです。
施主の投資判断において、強力な判断基準となりうるのが「LCCO2(ライフサイクルCO2)」です。これは、資材の調達から施工(建設)、竣工後の運用、修繕・改修、そして最終的な解体・廃棄・リサイクルに至るまで、建物の「ライフサイクル」を通じて排出されるCO2の総量を評価する指標です。
これまでの建築の場では、建築費という「イニシャルコスト」の安さが非常に重要視されてきました。
しかし、サステナビリティを重視する時代になり、「イニシャルコストが多少上昇したとしても、設計・施工のノウハウによって30年、50年というスパンでのLCCO2を削減できれば、将来的な炭素税などの税制リスクや、建物の資産価値低下を防ぐことができる」という、生涯価値(ライフサイクルバリュー)に着目した考え方が広がりつつあります。LCCO2という視点を持つことは、価格競争から一歩距離を置いて建物の価値を伝えるきっかけになるかもしれません。
ZEB(Net Zero Energy Building)とは、建築物の高断熱化や高効率設備の導入によって運用時のエネルギー消費量を大幅に削減し、さらに太陽光発電などの再生可能エネルギーを活用することで、エネルギー消費量を実質ゼロにすることを目指す建築物です。
政府は2050年カーボンニュートラルの実現に向け、2030年までに新築非住宅建築物でZEB水準の省エネ性能確保を目標としており、建築分野の脱炭素化を推進する重要な施策の一つとなっています。
ZEBは、省エネと創エネ(太陽光発電など)の達成度に応じて、以下の4つの区分に分けられています。
・『ZEB』(フルZEB):省エネと創エネにより、一次エネルギー消費量を100%以上削減した建物。
・Nearly ZEB:『ZEB』に限りなく近く、創エネを含めて75%以上100%未満を削減した建物。
・ZEB Ready:外皮の高断熱化や高効率な設備導入により、創エネを除いた純粋な省エネだけで50%以上を削減した建物。
・ZEB Oriented:延床面積10,000㎡以上の大規模建築物が対象。創エネを除き、用途ごとの規定(事務所なら40%以上、ホテルなら30%以上など)の省エネを満たした建物。
予算規模や敷地条件(太陽光パネルの設置面積など)、ビルの規模(延床面積)によって、無理なく目指せる区分は変わってきます。まずは自社のプロジェクトがどの水準を目指せそうか、確認してみるとよいかもしれません。
他社との差別化を考えるうえで、今後カギになってくるのが、低炭素につながる資材の調達力と、自社の施工現場でのグリーン化(GX)の取り組みです。これらは、他社との差別化や付加価値を伝える上で、強力な材料になっていくはずです。
建設業における最大のCO2排出源は、主要資材であるコンクリート、とりわけセメントの製造工程にあります。この課題に対して、大手ゼネコンや建材メーカーが開発を進めているのが「低炭素型コンクリート」です。
これには、製造プロセスでCO2を原材料に吸収・固定化させるカーボンリサイクル技術や、セメントの代わりに産業副産物(高炉スラグなど)を活用することで、製造時のCO2排出量を従来型コンクリートの5割〜最大100%以上削減(実質ネガティブ化)する技術が含まれます。
コスト面での課題はありますが、こうした低炭素型コンクリートを早くから取り入れ、安定して調達できるルートを確保しておくことは、環境意識の高い発注者に対する強力なアピールになるはずです。
コンクリートと並び、構造体の核となる鉄鋼材料でも脱炭素化が進められています。「グリーンスチール」とは、鉄鋼の製造プロセスにおいて排出される温室効果ガス(主にCO2)を、従来の方法よりも大幅に削減して作られた鉄鋼のことです。
再生可能エネルギー由来の電力を活用した「電炉」によって製造された、製造時のCO2排出量を極限まで抑えた鉄鋼材や、従来の化石燃料(コークス)の代わりに水素を用いて鉄を還元する水素還元製鉄法により製造された鉄鋼などがあります。
すでにいくつかのプロジェクトで先行採用が始まっており、今後の標準建材となっていく可能性もあります。こうした動向をキャッチアップし、サプライヤーとのつながりを深めておくことが、これからますます大切になっていきそうです。
建設現場の脱炭素化は、そのまま企業のESG評価につながっていきます。
具体的には、工事用重機や高所作業車のEV(電気自動車)化・バイオ燃料活用の推進、仮設現場事務所への太陽光パネル設置やグリーン電力証書の活用などが挙げられます。
また、脱炭素を「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と掛け合わせていくことも重要になってきています。BIM/CIMを導入し、設計・施工データを3次元で高度に管理することで、現場での手戻り(施工ミス)を未然に防ぎ、資材の余剰発注や廃棄物を最小限に抑えることができます。
施工効率の向上(工期短縮)は、現場で稼働する重機の稼働時間や電力量の削減にもつながるため、DXによる効率化は脱炭素の取り組みにも大きく貢献してくれます。
建設業界における脱炭素対応は、一見すると調達コストの上昇や算定の手間など、経営上の「コスト・リスク」に見えるかもしれません。しかし、市場のルールが大きく変化しつつある今、これらを後ろ向きに捉えるのではなく、積極的に活かしていく視点が重要になってきています。
本記事で紹介したキーワードを知っておくことは、競合他社との差別化や、自社事業の付加価値を高める「成長の機会」につながっていくはずです。
建設業界は今、脱炭素を成長機会に変え、次世代の建設市場をリードしていく体制づくりが求められています。ぜひ、新たなチャンスとして積極的に活用していきましょう。
次回のコラムでも、建設業と脱炭素に関わる話題を、皆さんと一緒に見ていきたいと思います。ぜひ、次回以降の連載コラムもチェックしてください。

エラーが発生しました。
次のいずれかの理由が考えられます。