2026.08.27

第1回【 なぜ今、建設業に「脱炭素」が求められるのか? 政策と業界の最新動向 】
第2回【 建設業従事者が押さえておくべき「脱炭素キーワード」 】
「測れないものは改善できない」。
これは近代経営学の父、ピーター・ドラッカーが遺した有名な言葉です。数字やデータで現状を正確に把握しなければ、正しい評価や改善へのアクションは起こせないという意味で使われます。現在、この格言が切実に響いている業界の一つが建設業界ではないでしょうか。
世界的なカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)への潮流の中、建設業界にも激しい脱炭素の波が押し寄せています。
しかし、日々の業務の中で「なんとなく環境に良さそうな資材を選ぶ」「現場でのアイドリングストップを徹底する」といった、従来の「意識の高さ」だけに頼った対策では、もはや通用しない時代が来ています。
今求められているのは、自社が建設する建築物が、一体どれだけの温室効果ガスを排出しているのかを「正確に数値化(可視化)」することです。本コラムでは、建設実務者が今知っておくべき、CO2排出量評価の最前線とその具体的なアプローチについて説明します。

#目次
建築分野における脱炭素を考える上で、まず押さえるべき基本概念が「建設のライフサイクルCO2」です。
これは、建築物が生まれてからその役目を終えるまでの全生涯(ライフサイクル)で排出されるCO2の総量を指します。
建物のCO2排出量は、大きく次の2つに分類されます。
国際規格(ISO 21930やEN 15978)では、この一生を「ステージA(調達・建設)」「ステージB(運用・維持)」「ステージC(解体・廃棄)」「ステージD(再利用・リサイクル貢献)」という4つのステージに分類し、評価を行います。
この「建ててから壊すまで」の全体を網羅して、温室効果ガスをはじめとする環境負荷を定量的に評価する手法を「LCA(ライフサイクルアセスメント)」と呼びます。
では、なぜ今これほどまでに「測る」ことが急務となっているのでしょうか。理由は大きく2つあります。
これまで、日本の建築界における環境対策は、ライフサイクルの中で最も環境負荷が大きい「ステージB(運用時の削減)」、主に省エネ対策に主眼が置かれ、省エネ基準等の法律も整備されてきました。
しかし、設備の高効率化や断熱性能の向上により、運用時のCO2削減はある程度進んできました。
その結果、相対的に「ステージA(資材調達・施工時)」が建物生涯の排出量に占める割合が上昇しました。
建物を建てた瞬間に、すでに莫大なCO2を建物内部に「内包」している状態になるため、これからは設計・施工段階での削減が不可欠になったのです。
今日のグローバル企業やデベロッパーは、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点から、自社のサプライチェーン全体の排出量(Scope3)の開示と削減を厳しく求められています。
そのため、建設会社に対して「このビルを建てることで、どれだけのCO2が出るのか、具体的なデータを出してほしい」と要望をする施主が増加しています。
つまり、「ライフサイクルCO2を測れない建設会社」は、将来的にコンペや入札の土俵に上がれなくなる潜在リスクを孕んでいるのです。
建物のライフサイクルCO2評価は、各社まちまちに算定・評価を行うのでは、その方法によって排出量が大きく異なってしまいます。そこで算定・評価方法に関するいくつかの基準があります。
日本国内において、この評価のデファクトスタンダード(事実上の業界基準)となっているのが、日本建築学会が策定した「建物のLCA指針」です。これをベースに、実務者が手軽にライフサイクルCO2の算定・評価を行えるよう開発されたのが、建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT)です。
J-CATなどの算定ツールを活用すれば、設計初期の段階から「構造をRC造からS造に変えたらCO2はどう変わるか」、「低炭素型のコンクリートを採用するとどれくらい削減できるか」といったシミュレーションを、客観的なデータに基づいて行うことができます。
ここまでは主に「建築物」を前提にお話ししてきましたが、日本で施工する土木インフラ(道路、トンネル、ダムなど)工事のCO2排出量を評価する場合は、少し異なるアプローチが必要になります。
1.で触れた国際基準の「ISO 21930」では、建築物だけでなくダム、道路、トンネル、橋梁など土木工事も対象としていますが、日本に施工する土木・インフラ工事のCO2排出量算定においては、国土交通省 国土技術政策総合研究所が公表した「インフラ分野における建設時のGHG排出量算定マニュアル案」に準拠した形で算定を行うことが一般的です。
Scope1(直接排出):建設現場内で燃料を使用する活動(建設機械の稼働に伴う燃料の使用、建設現場で発生した土砂等の運搬に伴う燃料の使用など)
Scope2(電気などの間接排出):建設現場内で他社から供給された電気を使用する活動(建設機械の稼働に伴う電気の使用、仮設事務所等における電気の使用など)
Scope3(サプライチェーンからの間接排出):Scope1、Scope2以外のサプライチェーンからの間接排出
カテゴリ1(購入した製品・サービス):購入した材料の製造
カテゴリ3(Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー関連活動):購入した燃料や電気の調達時までの活動
カテゴリ4(輸送、配送(上流)):調達した材料等が建設現場に届くまでの輸送
カテゴリ5(事業から出る廃棄物):建設現場で発生する廃棄物、建築副産物等の輸送・処理またはリサイクル
土木現場においても、排出量の大部分を占めているのは「Scope3」、つまり資材の製造段階です。
建築のLCAと同様に、土木分野でも「どこのメーカーの、どんな資材を、どれだけ使うか」というサプライチェーン全体の見える化が急務となっています。
数値を「測る」ことで、どこを削れば効果的なのかという「ボトルネック(ホットスポット)」が白日の下にさらされます。
データという強力な武器を手に入れることで、以下のようなエビデンスに基づいた具体的な改善(削減)アプローチが可能になります。
これからの時代、建設業界における脱炭素は、単なる「環境貢献」や「追加のコスト・義務」ではありません。それは、競合他社と差をつけるための「技術力」であり「最大の競争力」につながります。
「測れないものは改善できない」。
逆に言えば、「測ることからしか、本質的な改善は始まらない」ということです。まずは自社が関わる目の前のプロジェクトを可視化する「はじめの一歩」から、これからの建設ビジネスの新しい価値をつくっていきましょう。
参考
日本建築学会「建物のLCA指針」
一般社団法人日本サステナブル建築協会「建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT)」
国土交通省 国土技術政策総合研究所「インフラ分野における建設時のGHG排出量算定マニュアル案」
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